Zen30 (5)ヨットの個性追求と実現
求める個性はチョキ(猪牙)船型
どのようなヨットでも、自分の艇を持つだけで夢と希望が広がる。しかし私が造ろうとしているZen30は、それだけではない。Zen30に求める個性は、1. あらゆる海象に耐え、2. あらゆる海域を航海でき、3. シングルハンドで操船できるヨットである。
ヨットの内面的な個性は、船型から生じる。水は空気の770倍の密度を持つので、1ノットで走るヨットの船底に流れる水流は、超音速機が外面に受けるのと同様の作用を船体に及ぼす。
一般船舶では、推進抵抗の最大の要因となる造波抵抗をいかに減少させるかが、船型設計の第一目標である。しかしヨットが他の船舶と異なるのは、ヒールして走るところである。造波抵抗の最小化とともに、ヒール角ごとに船型を分析して、船底に流れる水流が及ぼす動的効果を、復原力の増加とウエザーヘルムの解消とする船型を生み出すことに成功した。
横山晃が、ヨット設計のライフワークの結論として生み出したのが、サバニ船型をさらに洗練させたチョキ船型である。
横山が生み出した船型の由来となったチョキ舟は、北斎画、冨嶽三十六景の「神奈川沖浪裏」で描かれているので知る人も多いだろう。横浜沖の巨大な三角波の中を、八丁櫓で漕ぎ進むには、チョキ舟が造波抵抗の極端に少ない船型を持っているからに他ならない。
そのスピード性能が活かされたのは、吉原遊廓に通う水上タクシーとしてであった。顧客は、だれもが先着のご利益にあずかりたいからである。
またチョキ船については、幕末に東京湾に来たペリー提督が、著書「ペリー提督日本遠征日記」で述べている。屈強な漕ぎ手を乗せたカッターで、強引に東京湾の測量を行おうとするが、その行く手を遮り、邪魔をする小舟がチョキ船であった。カッターよりも素早く、おまけに進退巧みなチョキ船船団に驚いたのだ。
戦後すぐの根岸沖には、まだチョキ船が漁船として多数セーリングしていたという。横山は自ら設計した、俊足を誇るシーホースでチョキ船に挑んだが、クロスホールドの登り角度も、スピードでも及ばなかったという。
Zen30はチョキ船の、その血を現代へと受け継ぐヨットである。
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